PBR1倍を大幅に下回る企業が多いこともあり、ここ数年経営者によるMBO(Management Buy Out)が盛んにおこなわれています。多くのMBOはPEファンド(プライベート・エクイティ・ファンド)の資本サポートによって行われ、非上場化後はPEファンドと共同経営の道を歩みます。ただ、MBOの中には外部からの資本サポートの必要のないケースもあります。多くは元々資金力がある大株主のオーナー家によるMBOです。しかし、まれにサラリーマン経営者による金融機関からの融資だけのMBOが存在します。資金力のないサラリーマンがなぜこのようなことができるのでしょうか?それは、PBR1倍を大幅に下回る安い株価でのMBOであれば、金融機関は十分に与信が確保されているからです。MBOは事前に金融機関からの融資の約束があれば実施できます。金融機関の融資はあくまでMBOが成功した時に実行されます。そのため、MBOが実現してしまえば、通常、買収用のSPC(Special Purpose Company)は非上場化した企業と合併しますので、金融機関からの借入金は当該企業の負債となり、当該企業の資産が実質担保ということになります。ほとんど自社株を保有しないサラリーマン経営者が100万円出資でSPCを設立して、金融機関からの融資を得てMBOを実施し、企業のオーナーになるというケースをいくつか見てきました。私はこんなことがあって良いのかと思ってしまいます。これってつまるところ、株主が不当に安い価格で売らされている犠牲の下に成り立っているものだと思うからです。これがオーナー経営者であれば、これまで自身でリスクを取り株式を保有し経営してきたが、市場評価が十分になされずに非上場化するということで理解できます。サラリーマン経営者の場合は、リスクも取らずに株主から搾取して良いのかと思ってしまいます。
最近の例では片倉工業のケースが挙げられます。長年同社に勤めた会長と取引銀行からやってきた社長とが共同で100万円出資してSPCを設立し、取引銀行からの融資を得てTOBを実施しました。10%の株主だったアクティビストのオアシスからは事前にTOBへの応募契約を取り付けていました。しかしTOB発表後、株価は終始TOB価格を上回って推移しただけでなく、なんと応募契約を締結していたオアシスが第三者に持株を売却してしまいました。これはTOB価格を上回る価格であれば、売却できるという契約条項に基づくものでした。結局、期間を延長したものの、TOB価格の引き上げは行われず、MBOは失敗に終わりました。同社は元々歴史ある繊維メーカーですが、多くの繊維メーカーと同様、好立地にある工場跡地を開発してショッピングセンターにし、不動産会社化していました。不動産の含み益を勘案するとTOB価格はPBRで0.5倍台※でした。これなら金融機関も安心して融資できそうです。私の計算では100万円の出資で経営者は530億円の純資産の会社のオーナーになるというものでした。これをどう考えましょうか。
※ 有価証券報告書で開示している不動産含み益に0.7掛けした数字を反映させた純資産を採用して計算